「自分にはかけがえのない個性がある」と思ってる人は、全員同じ顔してます。区別がつきません。
俳句って字数制限キツイし季語とか切れとか定型とかルールがキツイんだからただでさえ個性なんて出ない、まして先人の句を意識してたらなおさら……と考えている人も多いようですが、それは話が逆で、俳句の定型や切れや季語って、全員に制服を着せたらかわいい子とそうじゃない子が残酷なくらいはっきりわかっちゃう、というような意味であなたの言語センスが測られるのです。
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近年の研究で、瞑想にはたくさんの効果があることが発見されてきました。
その他にも、集中力があがる、よく眠れるようになる、直感が冴えるようになる、などの効果があると言われています。悩みやストレスが絶えず、ギスギスしがちなこの現代、瞑想を日常生活に取り入れたいものです。
私もかれこれ3年ほど前から、数日おきに瞑想をおこなっておりますが、上の研究結果については「そうなんですよ!」と言いたくなります。以前にくらべて、心が安定し、怒ったり、不安に取り乱したりすることが、減りました。
今日は3年間の瞑想生活で気がついた「深い瞑想をカンタンに体感できるちょっとしたコツ」を紹介します。
近頃は、インターネット上にもたくさんの瞑想に関する記事が出てくるようになりました。私も瞑想を上達させたいと思い、こうした記事をたくさん読みましたが、「わかったフリ」をして瞑想を説明している方もいるようで、、ちょっと混乱した時期もあります…。
もし、あなたが過去に瞑想にチャレンジして、次のようなセリフをいったことがあるのなら、この記事は少し役に立つかもしれません。
今までは、瞑想について話すことに、あまり自信がなかったのですが、先生に教えてもらったり、試行錯誤を繰り返すうちにわかってきたこともありますので、初心者なりにコツを紹介したいと思います。
わかったフリはしません。わかった部分だけ、わかってもらえるように、一生懸命、説明します。
まず、瞑想の目的は何なのか?
どういう状態が瞑想なのか?
目を閉じて、ボーッしているのと何が違うのか?
これについては、多くの人が多くの言葉で、語っています。
「頭を空(くう)にするのが、瞑想の目的だ」
「思考をゴミを掃除するのが、目的です」
「瞑想とは、神とつながる手段である」
これらの言葉は、すべて正しいのでしょう(多分)。しかし、瞑想をはじめたばかりの私には、これらの言葉が聖人っぽすぎて、わかったような、わからないような、なんとなくしっくりこない感じがしました。
今、自分の言葉でこれらを言い換えて説明するのなら、瞑想の目的=まず「自分という意識」のなくなった状態になるということです。(「…まだ意味わかんね〜」という人もいるかもしれませんが、もう少しお待ちを…。)
この「自分という意識のなくなった自由な状態」になることで、先に述べたようなストレスや不安の軽減、慈悲の心や集中力の向上などの効果が実現してきます。
ここでいう「自分という意識」の「自分」には、以下の2つの意味が含まれます。
- 「自分」そのもの
- 「自分」が「自分の一部」だと思っているもの
1には、自分の肉体などが含まれます。(これは誰でもわかるかと)
ちょっとわかりにくのが、2です。
2には、例えば、自分のお金、自分の家、自分の洋服、などの自分のモノや、自分の将来、自分の収入、自分の預金、自分の容姿、自分の性格、自分の評判、自分の家族、自分の過去といった、ちょっと抽象的な「自分を定義しているもの」も含まれます。
人はこれらを使って、自分を他のものと区別して自分という意識を作り出します。これらを「自我」「自意識」「エゴ」と言ったりもします。
「えー、どこまでが2にあてはまるかわからん」
という人は、それが誰かに傷つけられたり、奪われたり、損なわれたりしたと想像してみてください。
そこに「恐怖」「ムカつき」「痛み」があれば、それはあなたが「自分の一部」と認識している部分といえるでしょう。
こうして「自分の一部」の認識が大きい人(エゴイスティックな人)ほど、ダメージのストライクゾーンが広く、ヒィヒィ生きることになります。
この「自分という感覚」から、解放され、ある意味フリーダムな状態を体感するのが、瞑想の一つの目的です。
ところで、自分から自分という意識がなくなったら一体何になるのでしょうか?それがわかっていないと、その状態にとどまって瞑想を続けることはできません。
「そりゃあ『無』でしょうね。瞑想の目的は無になれってことですか?」
「ああ、それで頭を空っぽするっていう所とつながってくるのか」
そんな風に思う人もいるかもしれません。これは合っている面もありますし、外れている面もあります。
わかったフリをしないで、この部分を私なり言葉で表すとしたら
「自分」ー「自分という意識」=命
です。当たり前の話ですが、あなたは自意識がなくなっても、生きているし、死んだりはしません。息はしているし、感覚もある。
この「命」だけを、自意識をはずした状態で、「今、ここ」で感じる。
これが瞑想のコツだと思います。
「ちょっと待った!そもそも自意識を外すのって、どうやってやんの?」
では、私がとても役にあったハウツーを紹介します。
自意識から自由になる、というのは、自意識がポンポン生み出している思考の影響を受けなくなる、ということです。(わかったような、わからないような…)
「人は1日、6万回も思考している」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、こうして文章を呼んでいる間も、あなたは無意識のうちに、ああだこうだと、考えています。そして、その思考に影響されて、さらに色んなことを考えます。あなたは一日中、自意識という檻の囚人というわけです。
それではここで、思考(と自意識)がどこから生まれて来ているのか、源を探ってみましょう。
まずは、次の質問を覚えてください。
「私の次の思考はどこからくる?」
覚えたら、目を閉じて、1分ほど、思考を自由に遊ばせてください。
そして
「私の次の思考はどこからくる?」
と問うて、リアルに次の思考がどこからくるか気づいてください。
「なんだ!?この状態は」
そんな風に思う人もいるかもしれません。
この質問がうまくいくと思考が止まって、変な空白状態が現れます。
何が起きているかというと、あなたが自意識を「観察対象」とすることによって、今まで一つだったものが「観察者」と「観察対象」という二つに分離したのです。
※この方法は、「瞬間ヒーリングの奇跡」という本に書かれていたテクニックです。より詳しく知りたい方は、ぜひご確認を。この方法を知るまでは、ヴィパッサナー瞑想というちょいと難しい方法でないと、「気付きの状態」にはなれかなったのですが、この方法を知ってから、かんたんに自意識を外せるようになりました。
できない人には、コツがあります。
日本語で「気づく」というと、1つのアクションのようなニュアンスがあります。英語でいうと「find」のような。
ここでは、find ではなく、 be aware of の状態、つまり「気付いている状態」になることを意識してほしいのです。次の思考がどこからくるのか、見つけるのではなく、気がついている状態になるのです。
※これでもできない人は、「瞬間ヒーリングの奇跡」に付属しているCDのゲートテクニックを試してみてください。
気付きの状態になると、今まで自分そのものだった自意識が、一つの観察対象にかわります。
観察状態になったら、それをボンヤリ保ってください。
自意識を消そうと思ってはいけません。
その行為自体が自意識だからです。
自意識をボンヤリ観察し、自意識が静かになってきたら
「自分」ー「自分という意識」=命
になりはじめます。その命を感じてみてください。
ところで、ここで感じるのは、「自分の」命でありません。
「え?じゃあ何の命だよ?」
そう疑問がわく人もいるかもしれません。
「この命は、どこから来ているのか」
と源を一生懸命、「感じて」みてください。
ブルース・リーのいうように、「Don’t think, feel (考えるな、感じろ)」です。
ここで「感じる」のではなく、頭で「考えて」してしまうと、昔読んだ本のイメージなどが浮かんでしまいます。現実的な人なら心臓から命が来ているだとか、スピリチュアルな人なら擬人化された神様や天使の姿だとか。
頭でイメージしたものは、自意識がこねくり出したもので、本物ではありません。
考えないで100%感じるコツは、「今ここ」(here now)で感じようとすることです。人は、考えることと、今・ここを感じることは、同時にできません。
こうすることで、自意識フリーなスッキリ状態を長時間、保てます。→ 長時間の瞑想ができるようになります。→瞑想の効果が、上がります!
心臓を動かし、血を流し、気をめぐらしているこの不思議な力はなんだ? 自分(自我)が動かしているんじゃない。どこから来ているんだ?
命の源を感じると、とても幸せになります。
以前このブログで、「世界一幸せな脳波の人」を紹介しましたが、瞑想をしていると脳がかわります。
「オーマイガー!偉大なる力だ」
私のレベルでは痛みまで飛びませんが、ストレスなら吹き飛びます。グラグラした不安な自我も薄れて集中力もでるし、慈悲とまではいかないけれど、ちょっと優しい人間になった。これって神?
瞑想をして、忙しなく怯えている「自分」から自由になり、この至福を感じることができると、また明日もやろうかな、って気持ちになれます。自然と瞑想が続きます。
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